梅雨入り宣言を聞いたら。。。
今度は空梅雨かと言うほど
しばらく 暑い !! と 思う程の晴天が続きました。
ここ暫くは 梅雨特有の 雨でしたが
今朝(未明)は
どしゃぶりの雨だったようです。。。
6時に 起された時には
横殴りの雨で 今日からの 年に1度の
( 恒例の ) 展示即売会は
テントなので ドアを 開けたとたん
『 あ〜〜あ 雨ザアザア 〜〜 』 と
うんざりしたような パパ。
それでも 30分後に 私が 出掛ける時には
雨も 止んで 陽が指してました。
( 面々は カート出勤です。)
樹杏 です。。。
7時に 出発してくれる スタッフを 見送って。
会社の庭の 白い紫陽花を 眺めました。
淡い黄緑から 甘いバニラアイスクリームを
想像させる程に 色づいて
そして 今は
薄紅色に …。
同じ 紫陽花から 挿し木をして 育てたのに
庭の土の所為でしょうか
薄蒼色に 染まろうとしている紫陽花も。。。
移りゆく気持ち …
夏もなほ 心はつきぬ あぢさいの
よひらの露に 月もすみけり (藤原俊成)
人は昔から 春が好きだ。
いや私は秋の方が … と 語り合い
和歌にも多く残されています。
古くは『万葉集』ぐらいから。。。
上の和歌は
「 紫陽花の4枚の花びらについた露に
月が映っているなぁ
夏でもしみじみと思う 心は尽きないものだ 」
… という 具合でしょうか。
直訳すれば
「4枚の花びらの露に
月も住んでいるなぁ」 ですが
露に映る月の
夏の夜の描写が美しい和歌で
秋の哀れを 詠んだ歌への
対抗で詠まれた歌だそうです。
「 よひら 」の 意味がわかなくて。。。
実際は 4枚の花びらの様子は
もちろん もしくは 「宵」 に
かけたそうです。
最古の歌集と言われる
『 万葉集 』 にも 紫陽花は 詠まれています。
あぢさいの 八重咲くごとく 八つ代にを
いませ我が背子(せこ) 見つつ偲はむ (橘 諸兄)
「 紫陽花が 何度も
色を変えて咲くように
長い時を 元気にお過ごしください。
紫陽花を見る度に祈ります 」
古い時代の 「 八 」 は
長く 多い 重なる と
いうような意味が強く
今で 言う 八重咲きとは違うと思いますが
多くの花が集まって咲く姿から
長い 重なるの意味を込めたのかもしれませんね。
さてもう 一首
言問はぬ 木すらあぢさい 諸弟らが
練りの村戸に あざむかえけり (大伴家持)
この和歌は解釈が難しく
様々な訳があるそうです。
「 物を言わない木ですら
紫陽花のように 色変わりします。
(人の心もそうなのに)
騙されてしまいました 」
こんな感じでしょう。。。
いずれにしても
紫陽花は 古くから
色変わりをする性質の所為で
「 心変わりする 」
「 あてにならない 」 に通じて
実はあまり 和歌や古い文学作品などでは
好まれない時期が続きました。
今は
梅雨から 夏にかけての
代名詞のようにもなり
葉に 露が残る姿などは
趣きのある風景にもなる植物です。
今は色変化をする 品種が好まれて
いるように思いますし
秋色紫陽花 と 言われ、
色褪せての風情が美しくも見えますし。。。
この意識こそ
「 心がわり 」 して来てますね。
古来から
日本人の傍にある植物だから
こそかもしれません。
大好きな 紫陽花
